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東京のおそるべき辺境 幻の滝と隠れ島 vol.2 青ヶ島 【椎名 誠】

2015/10/8

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東京都の隠れ島

伊豆七島を全部行ってみよう、と若い頃思い、着実に実践してきた。しかしまだ利島と青ケ島だけ未踏である。そこでこの機会にいちばん遠くしかもなかなかヒトを寄せつけない、といわれている青ケ島まで行ってみることにした。欠航の多い連絡船「あおがしま丸」だがその日は出航するという。ようしチャンスとばかり乗り込んだ。目的の島まで約四時間。
海にはさして大きな波はないが、台風の置き土産である「うねり」がまだ残っている。

やがて青ケ島が見えてきた。遠目からは波間からいきなり飛び出して屹立しているかんじである。そのむかし火山の隆起でできた島、という歴史をその形がわかりやすく証明しているようだ。
殆ど絶壁だけがまわりを取り囲んでおり、接近するものはすべて拒絶しているような、いささかおどろおどろしい「魔の島」のイメージだ。

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港は南向きにひとつしかない。接近していくにつれてわかってきたのは、波高はそう巨大ではないものの、うねりが直接ぶつかっているので桟橋のまわりは常に海面が大きく複雑に上下しているようだ。こういう条件のところで桟橋に船を横づけするのは並大抵ではないだろう、とシロウト目にもわかる。

船は激しく揺れながら時間をかけてじりじり接近していくが、ときおりうねりによっていきなり左右に大きく傾く。二、三度船体が殆ど斜めになったようだった。なんとかブリッジをつけたが、桟橋の上の係員が十人ほどで抑えても、船と一緒ブリッジが三メートルほど左右に動いている。ゆさぶられてブリッジから落ちたら桟橋と船に挟まれて死ぬしかないだろう。脱出するようにしてあおがしま丸から降りることができた。

上陸成功。しかし、そのあと知ることになるのだが、本当の成功は、この島での用事がすんで帰路の船に乗れることができたらのこと、という荒海の中に浮かぶ孤島の厳しい現実だった。

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青ヶ島は二重のカルデラで、その形は外輪山のてっぺんに行けば分かりやすく目で確かめられるという。

その日は外輪山の内側に入っていってキャンプの設営をした。外輪山の内側の真ん中には冗談のようにまん丸のもうひとつ内側のカルデラがあり、緑の草木に覆われている。あの荒れた海から内側に入ってきてのこの鬱蒼とした森林と湿った熱気はちょっとしたロストワールドの気配だ。

キャンプ地の近くではあちらこちらで地面から「ひんぎゃ」と呼ぶ蒸気の白煙が吹き出しており、それを利用した天然地熱釜があっていろんな料理に使われている。
この地熱を利用した海水からの「塩づくり」がなされている。たった一人の女性が五十度以上になる塩づくりの素朴な製作所で作業をしていた。時間と手間をかけてつくられた塩をもらったがとてもうまい。ひんぎゃの釜でタマゴを茹で、その塩をかけて食べる。疲れた体に塩がことのほか効いてくるようだ。

この島では農作物もごく限られたものが個人用につくられている程度であり、荒れた海に舟をだすのはたいへんな作業と危険がつきまとうから専門の漁師もいない。
連絡船の就航率が悪いので毎日一往復するヘリコプターが就航しているが、聞いた話では島で常に行われている大小の工事のため、その関係者が抑えていて、一カ月前ぐらいに予約しておかないとなかなか乗れないらしい。急病人が出た時などに臨時便が出るらしいが確実という保証はない。

繰り返していうが、ここも東京都だ。走っているクルマはみんな品川ナンバー。税金も東京都に収める。お店は最近になって個人商店のようなスーパーが一軒。ガソリンスタンド一軒。民宿は三軒ほどみかけた。島でつくられる芋焼酎「青酎」は六十度という火を吐けるようなのもあって、焼酎好きには垂涎のブランドものらしい。

ここはまさしく東京の辺境だ。一千万人の東京都民のうち何人がこの島を知っていて、何人がこの島を見ただろうか。そういう意味ではこの島は東京の「隠れ島」だ。

翌日、島でもっとも高い「大凸部」の最高地点四二三メートルに登った。外輪山の一点であるから外側の海と内側の二重カルデラがくっきり見える。外国でもこんな極端な光景は見たことがない。苦労してやってきたが、この光景を見ることができただけでも満足だった。

さて、この島の本当の厳しさはさきほど書いたように、帰りの船にいかに乗れるか、という最後の難関だった。船は二週間欠航しており、ぼくが来た日からまた二日ほど欠航していた。一度消滅したと思われた台風十一号がいきなり再活性化し、そのうねりが大きくなっているというのだ。
その日、連絡船が来ないと、いままでの例から最短でもあと五日はやってこないという。朝方偵察のため港にいくと波は来たときよりも荒くなり、桟橋は大波にそっくり洗われていた。

雲の動きが早い。「魔の島」が本気をだしはじめているように思えた。さてぼくは文明社会のもとにいつ帰れるか。結末を書かずに「東京辺境、海と山の旅」の旅話はおしまいにしたい。

ここも東京! 青ヶ島の観光

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島内の宿や商店はシーズンによって営業日や営業時間が異なる。目的地を訪れる前に確認しておこう。

【青ヶ島へのアクセス】
●八丈島へのアクセス
空路:ANAの定期便が1日3往復。片道約55分 TEL:0570-029-222/海路:東海汽船の定期便が1日1往復。片道約10時間。TEL:03-5472-9999
●八丈島から青ヶ島へのアクセス
空路:東邦航空のヘリコプターが毎日運行 TEL:04996-2-5200/海路:伊豆諸島開発の定期便が週4往復。片道約2時間30分。 TEL:04996-9-0033

【問合せ先】
八丈島観光協会 TEL:04996-2-1377
青ヶ島村役場 TEL:04996-9-0111

【アドバイス】
青ヶ島までの船は天候の影響を受けやすい。要事前確認。

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tokyo reporter 島旅 & 山旅 公式サイト:http://tokyoreporter.jp/

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