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東京のおそるべき辺境 幻の滝と隠れ島 vol.1 八丈島 【椎名 誠】

2015/10/1

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いくつもの島を訪ねて

島が好きで、外国も含めると100ぐらいの島を旅している。有人島もあるし無人島もある。無人島は天候の条件がいいときだけ楽しく、悪天候の場合は「来るんじゃなった」と空にむかって千回ぐらい呟いている。
むかし有人島だったが、島人が離島して無人島になったのは、むかしの住民の何かしらの“思念”の残滓が漂っているみたいで、こっちの体調が悪いと夜更けにうなされたりするから気をつけないといけない。
島には今でも時々行っているが、もう冒険探検ごっこの歳ではないから近くて知り合いがたくさんいる馴染みの島ぐらいでゆったりしているので十分だ。

その代表が「八丈島」である。

大きな瓢箪のかたちをしていて、人口は約八千人。ぼくは昭和四十年に最初に行き、以来一年に一回は確実に行っているから少なくみても四十回は行っている。むかしは親しい仲間四人で約一トン排水量の小さな漁船を買って、よく釣りや潜りにいった。しかしその小舟も藍ケ江という美しい港の、海面から三十メートルぐらい高い船揚場に頑丈に係留していたのに、襲ってきた台風にそっくりまるごと持っていかれてしまった。海のモクズというやつだ。またあるときは海面下七メートルぐらいのところにあいている伊勢海老穴にスクーバダイビングで突っ込んでいったらパニックを起こして死にそうになった。 

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八丈島の海はなにかと荒っぽい。若い頃はだからこそ面白がっていた。

夕方になると知り合いの漁師が誰かしら船揚場のあたりに魚や海老などをぶらさげてやってくる。流木を集めて焚き火をつくり「島酒」と呼ばれている芋焼酎で乾杯する。その匂いや煙に誘われてさらに別の海人がやってくる。そうして夕暮れの空をときどき見上げては「うまいぞう」「いいぞう」なんて叫び、さらに酔っていく。

島酒には「クサヤ」がぴったりだ。あれはムロアジを使う。でもうまく食えるのは島だけだ。東京の居酒屋などで食うと絶対にまずい。クサヤの浜焼きを知らない多くの居酒屋の親父はアジの開きと同じだと思って裏表こんがり焼いてしまうからだ。
クサヤは干物としては例外的に背から焼く。ほんの三~四分ぐらい。裏返して一分ぐらい。両手で割るとほわーんと湯気のたちあがるようなのをかじる。これがとにかくサケの肴にいちばんなのだ。

季節にはカツオの浜刺し身がいい。カツオの首の後ろを切ってぐいと折り曲げると腹わたごとそっくりとれる。新鮮なカツオは包丁を使わずに手で皮を素早くはがせるから痛快だ。漁師ナイフで素早く刺し身にひく。そのあいだに誰かが醤油とそこらに生えている青唐辛子をつぶしてまぜればあとは食いまくりだ。四十年間、この島では概ねそういうことをしてきた。

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三原山のマボロシの滝

今回、八丈島の山に登りませんか、と言われた。海ばかりウロウロしていたので山はあまり気がつかなかった。いや、あれだけでっかいのだから気づいていたが登る、ということはあまり考えなかった。いい機会かもしれない。でもあいにく台風十一号が去って間もない頃だったので気流が安定していないようだった。めざす頂上からかなり下のほうまで雲がかかっている。しかしわりあい早いスピードで流れているので、頂上に着く頃には好転しているかもしれない。

いくつかの登山道があるが、天候がきまぐれなので晴れの瞬間を狙ってどんどん上のほうへ。道は途中までけっこうちゃんとしているがしだいに雲のドまん中に入ってきているのがわかる。草や竹などの密生する登り道をさらに登っていく。このあたまでくると道はあまり明確ではなく、そんなにヒトは入っていないような印象だった。

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やがて頂上。いちめんの雲だ。濃淡があってそれがあざ笑うように忙しくグラデーションを変える。晴れていればピークからこの島の南、太平洋の海原がいちめんにひろがっているのを一望できるという。でもいまは霧のご機嫌を伺いながら頭のなかでそのパノラマを想像するだけだ。霧はますます濃くなっていくだけのようだった。

では「マボロシの滝」を見にいこう、ということになった。えっ?そんなものあるのかね。こんなに長いことこの島にかよっているというのに初めて聞く名前だ。だいたい八丈島は川が貧弱ではないかと思っていた。それでも島人が水の確保にそんなにやっきとなっていないのは島にしては山の懐が深く、瓢箪型になったふたつのピークに三原山と八丈富士がそこそこリッパに聳えているから、全体で天水を吸収し、それなりの過不足ない水源を保っているのだろう。

ガイドがいないとわからないようなポイントからいろんな草木が密集するルートに入っていった。滑りやすい足場、かなり複雑にくねりまがるルート。山の懐内部にどんどん入り込んでいく。 
知らないルートは遠く感じるものだがせいぜい三十分ぐらいだろうか。やがて遠くからかすかに水の流れる音が聞こえてくる。

目的地の方向がわかるととたんに足が軽くなるものだ。沢山の鳥の鳴き声がする。ガイドの岩崎さんがいろんな鳥の名を教えてくれる。魚の名ならかなりわかるが鳥はウグイスぐらいしかわからない。でもこれらの鳥はみんな東京都の鳥だ。
「ウグイスはこの島から出られません。ほかには飛んでいけないので本当のウグイスの鳴き方をしらないのでちょっと鳴き方が内地のとは違うでしょう。鳥にも八丈方言があるんです」と岩崎さんのシャレた解説。

そういえばその日の午前中に島の老人から「八丈言葉」についての話を聞いていた。
この島の古い人は日常に八丈言葉を話す。ぼくが一番最初に聞いていいなあ、と思ったのは「おじゃりやれ」という言葉だった。「いらっしゃい」という意味だ。東京言葉からくらべるとやわらかくここちのいいひびき。
「たもうりやれ」というのは「くださいませ」の意だ。なんだかそんなふうに言われたらすぐさま何でもさしあげてしまいたくなるような美しいことばだ。どちらも「雅び」っぽい。「美しい」は「でーじきゃ」で、「娘さん」は「めならべ」。
これらの多くは万葉集と同じ文法になっているという。「イ段」が「カ段」になる。「悲しい話」が「悲しけ話」になり、「うれしい」が「うれしきゃ」になる。
遠い時代、ここは流人の島であったが、本など読むとかなり高貴な人の島流しもあったという。そういう文化の影響も大きいのだろう。 

やがて思いがけない風景が現れた。全然予想もしていなかった大きな滝である。でも人里離れてややはかなく、華麗ともいえる滝である。垂直落下で三十六メートル。これも東京都の滝なのだ。おそらく東京で一番大きく美しい滝だろう。しばし眺めいる。この島のまたもっと大きな深い懐に触れた感じであった。

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ここも東京! 八丈島の観光

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島内の宿や商店はシーズンによって営業日や営業時間が異なる。目的地を訪れる前に確認しておこう。

【八丈島へのアクセス】
空路:ANAの定期便が1日3往復。片道約55分 TEL:0570-029-222/海路:東海汽船の定期便が1日1往復。片道約10時間。TEL:03-5472-9999

【問合せ先】
八丈島観光協会 TEL:04996-2-1377

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tokyo reporter 島旅 & 山旅 公式サイト:http://tokyoreporter.jp/

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